こんにちは。元・英語教材編集者のころすけです。前回に引き続き、教材づくりの現場からいくつかの視点でおもしろエピソードを共有したいと思います。楽しんでお読みいただけたら幸いです。
今さらだけど…「ヒアリング」&「リスニング」の違いって?
読者様が40代以上であれば…の話ですが、学生時代をふりかえってみたときに「ヒアリング試験」「ヒアリングテスト」なんて言い回しを英語の先生がしていたのを思い出しませんか? 今ではとても奇異に映ることですけれども、当時は英語の教育現場では「リスニング」のことを「ヒアリング」と呼んでいたんです。公式での教科名は「Oral Communication」でしたので、さすがに教科書に「Hearing」なんて堂々と書かれてはいませんでした。それでも先生たちがこぞって「ヒアリング」と言っていたのは日本人ならではの”イタタ!エピソード!” というふうに当時のALTたちは思っていたようです。
「ヒアリング」というのは、音がちゃんと聞こえているかどうか”耳の機能”に関連することです。お医者様の診断する分野です。知覚動詞のhear や see というのは、意識的にはたらきかけなくても、自然と聞こえたり見えたりするものについて使う動詞です。これに対し、「リスニング」はきちんと意識を集中させて聞き取ることを指します。listen to や watch は、確かに hear や see とはニュアンスが違いますよね。ですから、英語の聞き取りテストは正しくは「リスニングテスト」です。もう少し正確に言うなら、「リスニング・コンプレヘンジョン・テスト(listening comprehension test)」です。直訳して「聴解力試験」です。
今では、英語教育現場はもちろん教材制作の分野においても、「リスニング」という言葉を使うのがようやく当たり前になってきました。
リスニング教材は紙媒体と音声コンテンツで成り立っている
ご存じのとおり、一般的な英語リスニング教材の形態は、スクリプトや解説の書かれている書籍(まれにプリントやカード)に、CDなどの音声コンテンツ収録がされたものの組み合わせです。最近だと、CDのように実際に手に触れることができるものは提供せずに、代わりにweb上にアップロードされているデジタル状のものが増えました。購入した書籍のどこかに書かれている、購入者専用のIDとパスワードでダウンロードサイトにアクセスするわけです。
このとき、ダウンロードできる音声コンテンツじたいは教材の料金に含まれているんですが、ダウンロードにかかわる通信費用(つまりインターネット接続料金)はユーザー個々にかかってくるので、必ず書籍の前付けに注意書きを載せるようにしています。
音声データをダウンロードするとデータ容量上の圧迫も懸念されるので、今ではダウンロードのほかに「ストリーミング方式」も選べるようはじめから2種類用意するのが主流になってきました。ストリームの場合は、たとえばスマートフォンの対応機種が「Android 000以上」などのような断り書きをしておかねばなりません。教材づくりでは記述内容の誤字脱字に気を付けるのはもちろんなんですが、こうして音声データの再生可能条件などにも編集者はきちんと気を配っていなければなりません。実際に編集者は、スペックの異なる何台かのスマホやPCでダウンロードしてみたり、ストリーミング再生をしてみたりして、「商品化OK!」と確信が得られてから制作終了のサインを出します。
黄金のトレーニング法「シャドーイング」
勉強熱心なEnglistA読者の皆様ならきっと、有名な音読トレーニングの1つに「シャドーイング」というのがあるのを聞いたことがあるでしょう。手本となる音声に続き、自分も影のようにそれを追って声に出して読むのがシャドーイングです。
リスニング教材ですから、メインの目的は「聴解力をUPさせること」でありつつも、ひとたび聴解問題を解き終わったあとは、その英文スクリプトを利用してボーナストレーニングを用意してあることが珍しくありません。シャドーイングがまさにそれにあたります。
モデル音声を真似て学習者もシャドー的に発音することで、音のリズムにイントネーション、またスピードにも慣れていきます。繰り返せば繰り返すほど、ナチュラルな英語が爆速的に身についていくと言われています。耳がよくなるだけでなく自分の発音までネイティブに近づくわけですから、シャドーイングはとても有用な学習メソッドと言えます。シャドーイングを搭載したものはたいへん”お買い得”な教材であり、本来はリスニング教材でありながらも、実はスピーキングの対策にもなっていることが注目すべきポイントです。世の中の3割ほどのリスニング教材に、こういったプラスアルファの工夫がなされています。
変化球の「ディクテーション」教材
一方で「ディクテーション」というトレーニングを耳にしたことはありますか? 英語では dictation とつづります。これは音を聞いて書き取りをすることです。流れた音声をもとに、一文をまるまる書き起こすのが一般的です。一字一句のこまかい聞き分けが必要になるのはご想像どおりです。
もっとライトなものだと、一文を虫食いにしてあり、( )の中にふさわしい単語を記入せよ、というのがあります。注意して聞き取るべきところがはじめから明確にわかっているということで、虫食いディクテーションは高校生の英語の授業でもわりと抵抗なく取り入れられています。有名な英語の歌の歌詞を虫食いにしているものも、学校現場ではときどき見かけます。
これと反対に、ぐっとハードルを上げたものだと、かの有名な「茅ケ崎方式ニュース英語」というメソッドがあります。30秒程度の長さの英語ニュースを、一字一句自分の力で書き取るので、かなりの疲労感をともなうタスクです。昔から茅ケ崎方式のファンは多く、その高い効果ゆえに一部の学習者たちのあいだで根強い人気を保っているんでしょう。
上記いずれのディクテーションもただの聴解タスクに比べたら学習者への負担が大きいので、はっきり言ってしまうと一般的には敬遠されがちなトレーニング法です。学校の英語の授業では物足りないな、とふだんから感じている高校生など、積極的に高度な学習をしていきたい人にはやり応えがあっていいのではないでしょうか。それでも総じてこのトレーニングへの需要は小さく、そのためディクテーションだけに特化したリスニング教材はほとんど見かけません。一般的には聴解問題との抱き合わせで、おまけとしてディクテーション問題が掲載してあることが多いですね。
えっ!? バックミュージック付き??
こちらはプチネタです。信じられないかもしれませんが、ごくまれにバックミュージックが流れている教材もあります。おもにそれらは単語集/熟語集/会話表現集などの”暗記系教材”なのですが、科学的根拠で脳がリラックスしているほうが頭の中に残りやすいようで、いくつかの出版社が実際にバックミュージックを試みています。ただ単語をネイティブが発音しているだけでは、聞いている側としては勉強モード満載でつまらないものかもしれませんね。単語集の場合は特に、毎日繰り返し見て/聞いて覚えるという必然から、学習者にとってストレスなく継続してもらうことは教材として重要使命です。
ミュージックと言っても激しい音楽ではなく、ゆったりと静かに聞けるラウンジ系だったり、あるメロディー法則にしたがったクラシック音楽だったり、まるで南国スパ流れているような自然感あふれる音楽だったり、さまざまな系統があるのですが、共通して「脳のリラックス」を意識して編集されています。
実際の学習効果はどの程度なのかわかりませんが、それでも脳へのはたらきかけの実験をもとにだれかが提唱したものですから、信ぴょう性はそれなりにあるんでしょう。ただしこれらのバックミュージックは、聴解問題を解くときに流れていてははっきり言って邪魔になります。「聞き取ろう、聞き取ろう」と前のめりになる学習者の集中力が削がれてしまうのは自明のことですよね。ですから、単語集/熟語集/会話表現集に限って音楽が流れているという現状にとどまっています。
いかがでしたでしょうか。リスニング教材のウラ話を楽しんでいただけましたでしょうか。書店の学習参考書コーナーに足を運ぶ機会があれば、ぜひリスニング教材をいくつか手に取ってみてくださいね。ひとくちにリスニング教材と言っても、ものによって編集方針がさまざまであることがおわかりいただけると思います。お読みいただきありがとうございました。